Archive for 11 月 1st, 2007

蕎麦は まだ花で もてなす山路かな 芭蕉

 

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朝、まだ有明の月の残る頃
山の畑で農作業

畑一面 蕎麦の花が迎えてくれる。
ひんやりとした朝の畑の農作業は
文字どうり朝飯前の仕事だ。

蕎麦は、9月10日に植えたもので、11月の下旬には収穫できる。
昔から、蕎麦は救荒作物のひとつ
痩せた土地でも短期間で収穫できるのが特徴。

 

日本人に馴染み深い蕎麦が、幻想的に詠まれている好きな俳句をいくつか拾ってみると

此頃の銀河や 落て そばの花      青蘿

月を実に むすぶやすらん そばの花    青蘿

秩父路や 天につらなる 蕎麦の花    加藤 楸邨 画像-004

 

このような琴線に触れる詩を 味わいながら
改めて蕎麦の花を見てみると
見慣れた花が、しみじみと新鮮な感覚として木霊して来る。

ところで、蕎麦を麺に調理して食するようになったのは、16世紀末あるいは17世紀初頭に生まれたといわれる。蕎麦粉を熱湯で練った蕎麦掻き(そばがき、蕎麦練りとも言う)は、それ以前から食べられたいたが、現在通常 蕎麦という蕎麦切り(そばきり)は、桃山時代からのことらしい。

 

画像-003 以前何かの本で、昔から うどんは、関西以西 蕎麦は、関東以東で食べられていた。その理由は、うどんの原料である小麦が、関東以東では栽培されなかった(気候の関係)からと読んだことがあるが、これは、間違いで、関東以東でもうどんは食べられていたとのこと。ただ、元禄頃より江戸で屋台形式のファーストフードとして蕎麦が人気となり、その後、蕎麦屋が町内ごとにできる盛況となって もっぱら江戸及びその周辺ではうどんの影が薄くなったとのこと。現在の立ち食い蕎麦は、屋台形式の名残でもあるのだろう。
蕎麦屋は、蕎麦切りのみを供したわけではなく、酒の肴として蕎麦や種物(たねもの)の種だけ(ヌキ、天麩羅、かしわ、鴨、卵、蒲鉾=「板わさ」などや焼海苔、厚焼き玉子、はじかみショウガと味噌、また場合によっては親子丼などの丼ものなど)もメニューとして出していた。洒落た飲み屋でもあったとのこと。
機会があれば、こんな蕎麦屋で、美味い酒と種物で友とゆっくりと過ごしたいものだ。

さて、このところの気温上昇で蕎麦の出来は、どうなるのか いささか心配だ。

 

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