信州の旅 (13)
午後11時頃、松本から木曽路・奈良井宿へ向かい出発。
国道沿いに観光リンゴ園が並んでいる。
やはり信州に来たんだなぁと思う。
リンゴは、寒い地方の果樹だと思っていたが、確か鹿児島でも栽培されている。
品種改良されたものだと思うが、すごい技術革新だ。
木曽街道にいるとさすがに山また山の風景だ。
沿道に漆塗りの工芸店が、目立ち始めてくる。
お昼過ぎに、奈良井宿に到着する。昔ながらの宿場が残っている。
そのほとんどが、何がしかのお店になっていてお土産や飲食店となっているが、
なかには、昔ながらの旅籠として営業しているところもある。
外国人に人気があるのかもしれない。
ここは、水が豊富で、いたるところに水のみ場があり、冷たくて美味しい。
道の幅は、約3mくらいで、ゆったりとしている。
素朴な疑問なのだが、中世頃の道幅はいったいどれくらいあったのだろうか。
というのも、平安末期から戦国時代にかけての合戦での行軍は、道幅の関係で
一列縦隊と思われ、数千人単位の大きな部隊では、先頭と最後までは、槍などの
武器を持っていると数キロにもおよぶのであろうと思われるからだ。
これでは、機敏な行軍はできないのではないかと思ったりする。
また、中世までは、山城での戦闘がほとんどだから山の急勾配での戦いは、
相当な体力が必要で、私たちがテレビ等で見る戦いと相当の相違があると思われる。
また、鎌倉時代以前の馬の産地(牧)である木曽とそれ以後の奥州の馬にしてみても
小型の馬であり、サラブレッドに跨って颯爽と駆使するテレビ・映画の時代劇の落差を
考えてみると、武将の風景もチンケに見えてくるのが本当のところなのだ。
源頼朝が、奥州藤原氏を滅ぼすまでは、木曽馬が最高の軍馬であり、時折、奥州から
砂金と共にもたらされる奥州馬は、畿内・近畿の武将にとっては垂涎の的だったという。
お腹も空いたので、奈良井宿の蕎麦屋で昼食をとることにした。
蕎麦も、今回で食べ納めである。
―――― 昨夜の蕎麦がうまかった。




