信州の旅 (12)
8月5日 午前4時過ぎに目が覚める。
ホテルの遮光カーテンを静かにあけるが、6Fの窓から外を見ると駅の街灯が寂しく灯っているだけだった。
二度寝しようと思うが、寝返りばかりうって寝付けない。
そうこうしていると6時前になったのでTVのスイッチを入れた。
ローカルの放送を見たいのたが、全国版ばかりである。
思うに、ローカル局のローカル制作のものは、もっと方言で放送しても
よさそうのものなのに、共通語を使うのだろうか。
方言に対する劣等感といった感覚が、未だにかぶさっている。
ローカル放送は、地域方言の独特なニュアンスを積極的に活用して生活に馴染んだ
地域文化の熟成につとめるべきではないだろうか。やせ細るばかりの地方文化を
少しでも蘇生させるためにも良い考えだと思うのは、私一人だろうか。
まあ、一つの県に幾つもの方言が根付いているのでどの方言を
使うのかは迷うところであるが。
お国言葉が聞かれない地方を旅するのは、なんとも寂しい。
昨日夜、近くのお店で買った味噌饅頭(これは大村にはない)を一つかじりながら、
インスタントコーヒーで、軽い朝食とした。
9時ころチェックアウトして、松本城に向かう。
「城」に関心があれば、2時間も3時間も飽きることはないのだが、
今のところ関心がないため、外観だけ眺めて郷土博物館に入館する。
そう言えば、長野県は、満蒙開拓団の移民を数多く送り出した県で
テレビドラマ「大地の子」の主人公の両親は、長野出身者だった。
満蒙開拓団のスローガンの一つに「五族協和」があるが、五族とは、日・漢・満・朝・蒙であり、満州開拓民は、日本国籍のままである。満州は、日本の植民地ではなくあくまでも外国であるはずなのに満州国民とならないのはどういうわけか、日本の国家指導者の傲慢な意図が透けて見える。また、満州の入植地は無主の地ではなく漢人乃至満州人の地主がいたのだが、地主を強制的に立ち退かせタダ同然で買い上げた農地であった。これでは、反日運動が起こるのも無理のないことだ。終戦時に、多くの開拓村が、襲われたのも故あることなのだ。
さて、日本近代の歴史において欠くことのできない長野県関係者として
をあげることができる。それぞれの伝記及び関連書籍を読めば、粗粗の日本近代史となる。松本市立博物館では、これら郷土の著名人にそれほど焦点を当てていないように思われる。現代の時代風潮としては、どうしても批判的な説明にならざるを得ないためなのだろうが、残念なことである。自虐史観を超克し、戦前の史観をも超えぬ限り歴史を鏡とすることはできない。もっともこのようなものの言い方自体、奥歯に物の挟まった言い方ということは自ら認めていることである。
ここの博物館は、松本の民俗、特に掛雛に力点を置いているようで、展示スペースからして広く取っている。ここ松本のひな祭りは、独特のひな祭りで、民俗学的にも特異なものなのだそうだ。
帰りに、職員の方に「赤報隊」の資料が何かあるのかお聞きしたが、
「ありません」とのことだった。
維新の闇の歴史は、未だ光が当たらない。



