信州の旅 (8) 草津温泉

  edo_img img01

  草津湯もみ唄
    草津恋しやヨーホホイ 
    あの湯煙にヨ (ハヨイヨイ) 
    浮いた姿がヨーホホイ 
    目に残るトカヨー (ハドッコイセ ハヨイヨイ)

草津といえば、江戸時代から伝わる独特な入浴法「時間湯」。
以下少し長くなるが「時間湯」について(引用)

yumomi_uta

草津温泉の源泉は51度から熱いところでは94度もあり、
しかも刺激の強い酸性泉です。
草津温泉には荒行的な治療入浴方で有名な「時間湯」というシステムが昔からあります。
源泉は高温(度位)であるため、六~七尺の長い板でかき回して48℃の入浴可能な
温度に冷ます為のことを湯もみと言い、湯もみをしてから入浴します。
この温度を下げるこの動作が高温浴のための重要な準備運動になっております。
草津節を唄う事によって、湯気の吸引の治療効果があります。
(それだけでなく、時間湯の苦行に耐えられるだけの体力があるか
を見極めるためとも言われる)頭にタオルを乗せ、お湯を頭からかぶり、
血行を良くし、血液を頭部に集め入浴時の、のぼせや貧血を防ぐ為に行います。
(30回)その後に、「湯長」の号令に従い3分間入浴します。 
これを1日4回行います。

草津の湯は、皮膚病や花柳病(梅毒)ハンセン病 脚気等に効能があるとされ江戸後期~明治にかけて全国から多くの湯治客で賑わう。
しかし、その入浴法は、文字通り命懸けであり 湯治で命を落としたものも少なくない。
まるで 地獄の釜茹でのような入浴法だ。

baelz
この時間湯を科学的に研究し、世界に論文として発表したのが、明治のお雇い外国人
エルヴィン・フォン・ベルツだ。彼は、1876年東京医学校に招かれたドイツ人だ。
親日家のベルツは、明治黎明期の日本の文明の様子をその日記に記している。
日本の歴史や文化を賞賛すると共に無自覚な西洋文明の輸入が、日本の文明を
滅ぼすことになると警句を発するが、当時の日本人には理解されず、逆に批判される。
昭和の意味を問うなら開国以前のこの国の文明のあり方を尋ねなければならないとした、渡辺京二「逝きし世の面影」をご一読願いたい。
また、もう一人、草津に貢献した人として、大正時代に来日した聖公会宣教師
イギリス人 コーンウォール・リー女史を忘れてはならない。彼女は、伝道と救らい事業
に尽力した人である。どれほど多くの人たちが、彼女の事業により救われたことだろうか。
しかし、らい予防法の施行と昭和前期の外国人排外の中、事業を断念してしまう。

 

 

一風呂浴びた後、 信州旅行のもうひとつの楽しみ「そば」を食べに行く。



コメントはありません

↑ 上の文字を右枠内に入れて下さい。

Anti-spam image