信州の旅 (5)
8月3日 午前6時前起床。
宿の近くにある「蓮池」を散策する。
蓮池といっても、蓮ではなく睡蓮が繁茂している。
花も、白ばかりではなく紫色のものや黄色のものもある。
蓮と睡蓮の違いは、丸い葉に切れ込みのあるものが睡蓮で
それがないものが蓮である。
また、葉及び花が水面に浮かんでいるものが睡蓮
水面よりもたげているものが蓮で わかってしまえば判別は簡単だ。
どちらも、早朝に咲き昼には閉じるという、それが3回つまり3日で
枯れてしまうという。
池の中をのぞくと、花の蕾は水中にあり 開花時に水面まで茎が伸びてくる。
不思議な光景にも見える。
現代短歌のような歌
おはようのかわりに 乙女のような会釈をする 睡蓮の花
蓮は、仏教においては特別なもので 仏様は皆 蓮の葉の上に結跏趺坐しておられる。
蓮を聖なるものとするのは仏教以前のヒンドゥー教の頃からで、
泥から生え気高く咲く花、水を弾き凛とした葉の姿が、
俗世の欲に染まらず清らかに生きることができる象徴と理解したからだ。
濁世を厭(いと)う厭世家(えんせいか)の潔癖性は、心性において頑なであり
その思考は硬直化を免れず人生の豊かさを自ら損なうように思われる。
濁世を厭うのではなく、濁世と共に生きながら孤高の月を映すような
そんな生き方ができないものだろうかと自らに問いかける。
人格の陰翳(いんえい)の深さが足りない人は、賢(さか)しらであり、自分自身の浅薄さに
白けてしまい人もまた直截なものだと傲岸になる。
そのことに気づいている人は、人に自らの陰翳を語ることに
口を閉ざしてしまいかねない。
心友とは、得がたいものである。
食後、草津温泉に向かう。



